インドのお寺

インドのお寺

カーリー寺

庶民的なカーリー寺。

血と殺戮を好む戦いの女神カーリー。

激しい憤怒は徹底的に不正を憎まないと、不正はこの世から消えることはないことの象徴ではないか、と思います。

悪に屈しやすい我々に対し、自身の強さに自惚れる事無く、常に眼前の悪を暴き、挑戦する闘志を象徴する神として振る舞っているのでは無いか、と思います。

ヒディンバ・デビ寺院

ヒマラヤの麓にある木造のヒディンバ・デビ寺院。

1553年建造。

周りの樹木は、和名ヒマラヤ・スギ (ラテン名 Cedrus deobra; deobraはサンスクリット由来の言葉でdeva=神、daru=木、正に神木ですね)、古くからシヴァ神信仰と結び付いている様です。

ヒマラヤ・スギの森には、昔から賢人が好んで住み、瞑想を行っていた、と言われています。

竹林の賢人ならぬ、杉(松)林の賢人。

杉だと思えば、植物の分類上は、マツ目マツ科だそうです。

Soniji Ki Nasiyan

ラジャスターン州アジメールはヒンドゥ教、イスラム教が混在するだけではなく、ジャイナ教寺院Soniji Ki Nasiyanも屹立しています。

1865年頃の建立。

寺院の中にある神話的世界像はまばゆく荘厳です。

アジメールはデリーの西南西へ約400kmの所にあります。

目指すべき世界観の一つの象徴的・具現的表出であろうか、と思われます。

どう見るか、感じるか、考えるべきか、は、人それぞれ自由である、そんな束縛のない幻想感漂う空間ではないでしょうか。

怒りの女神カーリーを祭るコルカタのカーリー寺院。

元々心優しい女神パールヴァティーはドゥルガーからカーリーへと分身するたびに、怒りの度合いが増します。

不思議な変化ですが、怒りによる破壊の後に再生が来る、と言う考え方のようです。

三女神が一枚に収まった絵がデリーの近所のお寺にありました。

穏やかなだけでは生きて行けない、かな。

黄色い獅子像

タラ寺院門前の黄色い獅子像。

タラ寺院は大寺院の中にある小寺院です。

ヒンドゥーのお寺を巡ると、時々、黄色い獅子像に遭遇します。

古代インドの守護獣は中国経由で日本に入って来た様です。

日本の狛犬の原型と思われます。

ヨグマヤ寺院、メラウリ

ヨグマヤ寺院、メラウリ。

元々のお寺はインドの神話時代からあると言われる古いものです。

イスラムが優勢であったインド中世をじっと耐え、寺院は19世紀の再築を経て現在の姿になりました。

今では、イスラムとヒンドゥーの融和の象徴として、梅雨明けの季節に、メラウリ地区のモスクとこのヒンドゥー寺院の間で花を運ぶパレードが行われます。

Synretismにも色々な分け方があるのでしょう。

しかし、 違う宗教観を持つ者同士ではあっても、お互いに長く寄り添い会って欲しいものです。

デリー自宅付近にあるヴァールミーキ寺院。

デリー自宅付近にあるヴァールミーキ寺院。

サンスクリット語長編叙事詩「(ラーマ王行状伝)」の作家は、ヴァールミーキ(生没年不詳、しかし紀元前の人)と言われています。

ラーマーヤナは長い年月をかけて編纂されておりますので、ヴァ―ルミーキの手になる部分が那辺にあるのかは、良く判らないとの事です。

紀元前に形作られた神話が今でも人々の生活の中に沁み込んでいます。

ヴァ―ルミーキ寺院はインド国内に沢山あると聞きました。

伝説的に、サンスクリット文学の最初の詩人(adikavi; first poet)、と呼ばれています。古代において伝統的な長編叙事詩を編み出した源泉は何であったのか、と思います。

お祭りの際、村内を移動する寺院

お祭りの際、村内を移動する寺院。

これもデリーの民芸博物館蔵。

マハラシュトラで多く見られるとの事。

玉座に神体が置かれます。

飛騨高山の山車を思い起こしておりました。

ハヌマーン・マンディール

デリーの代表的なヒンドゥー寺院、ハヌマーン・マンディール。

古代インドの叙事詩マハーバーラタの中に、デリーに居を構えたパーンダヴァ一一族がこの寺を創建したとあります。

現在のお寺はマハラジャ・マンシン、ジャイシンらによって17世紀以降修復されたものです。

老若男女の多くが集い祈りを捧げています。

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