ファテ―プル・シークリー城跡

ファテ―プル・シークリー城跡

ブランド門
ブランド門

アグラから西約40キロの地点にあるファテ―プル・シークリー城跡の南門です。

1601年に第三代ムガール帝国皇帝アクバル(1542-1605)が造らせました。

イスラム教徒アクバルはヒンドゥー教徒に対して融和的であったと言われ、ファテ―プル・シークリー城の建築にはヒンドゥー的要素が感じられます。

アクバルは諸宗教に対し寛容であり、新しい宗教を創設しようとしたのではないか、と言われていますが、本当の事は分かりません。

ジャンマー・マスジット

アグラ西方にあるファテ―プル・シークリー城内のジャンマー・マスジット(金曜礼拝モスク)。建築は1571-1575年と言われています。ジャンマー・マスジットと呼ばれるモスクはインド各地にたくさんあります。建物の基調はペルシャ風ですが、ヒンドゥー様式も取り入れていると言われています。

ファテ―プル・シークリー城内

ファテ―プル・シークリー城内の宮廷地区にあるShabistan-I-Iqbalは、1570-1574年に建築されたと言われます。この辺りは女性居留地区であった様です。

ファテ―プル・シークリー城内

ファテ―プル・シークリー城内の内謁殿Diwan-I-Khas。ムガール帝国第三代皇帝アクバルはイスラム教とヒンドゥー教、そして、、ジャイナ教、拝火教の代表者を集め議論を交わさせ、融合宗教を造ろうとしました。

1582年に彼は「神の宗教(Din-e-Illahi)」を始めたと言われていますが、その詳細については、資料的裏付けは乏しいとの事。

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