ダウラタバードのチニ・マハール(中国風パレス)

ダウラタバードのチニ・マハール(中国風パレス)

ダウラタバードにあるチニ・マハール(中国風パレス)

ダウラタバードにあるチニ・中国風パレス)と呼ばれる高官用収容所。ゴールコンダ王国最後の王タナ・シャー (1600-1699) は、ムガール帝国第六代皇帝アウラングゼーブ(1618-1707)との戦いに敗れ、この塔に12年間幽閉され没したとのことです。役割を終えた建物を見ていると、歴史上の登場人物の栄枯盛衰を感じます。

と同時に、当時の北インドの覇者たるイスラム諸民族にとって、本当の意味での全体像は分からないにしても、、そして一方の覇者となった蒙古のイメージとはどんなだったのであろうか、とただ想像するものであります。蒙古系ムガールによるインド支配統治のイメージとダブって、何事かが起りまた滅びる兆しを、静かに感じていたのかも知れません。

ダウラタバード城塞上方にある居城は、シャージャハーン(1592-1666) がこの地を訪れたのを記念して造られ、子のアウラングゼーブ(1618-1707)も一時住んだようです。夏用の居城であったとのことです。第五代皇帝シャージャハーンは、後にアグラにタージマハールを造らせた人物です。その子、第六代皇帝アウラングゼーブは、帝国版図を拡張しようとしましたが、逆にムガール帝国外延は少しずつ綻び始めたようです。

荒ぶる北方モンゴル系民族の、亜大陸統治の野望に基づく版図拡張に綻びが見え始めたころ、同時に欧州植民地主義者達の触手が、ムガルの周辺に徐々に伸びてきたようです。

ダウラタバード城塞の城門と城門の間にある中庭

ダウラタバード城塞には、丘上部の城に辿り着くまでに、いくつか城門があります。ここは城門と城門の間にある中庭です。敵が内部の本丸部分にまで侵入し難い構造になっています。

要塞のある丘のなだらかな麓あたりでは、敵陣地へ攻め入る兵士達は怒涛のごとく、城域に入ったのだと思います。が、頂上にたどり着くまでには、深い堀、急峻な坂など、いろいろな障害があり、上に辿り着くまでに、兵達はヘトヘトに疲労困憊したと思われます。

頂上付近にたどり着いた兵士達の疲弊は大変なもので、恐らく戦意も半減したのではないかと思われました。

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