アッサムとインド北東部

アッサムとインド北東部

Guwahati

Guwahati(現地の発音ではグワハティー)はアッサム州南部の大都市であり、メガラヤ州との境目付近に位置します。

この町にある博物館Assam State Museumは必見と思います。

この地方には、現代タイ人の源流である中国南部にいたタイ族の系統のシャン族が、ミャンマー経由で住み始めました。

8世紀頃の事の様です。

アホーム(Ahom)と呼ばれる人々です。

勇猛な民族であったらしく、ムガール軍と戦い、ムガール軍を追い返しています。

現在もタイ族の子孫がこの地に、住んでおります。

アジアの中での民族の移動・戦い・交流が感じられます。

インドであっても、東南アジアの香りがします。

また、第二次世界大戦中この地まで辿り着いた日本軍の遺物も展示されております事も付記致します。

アッサムの民族博物館の一画には、旧日本軍の遺品が展示されていました。

ウマナンダ寺院

アッサム州にあるウマナンダ寺院は大河ブラマプトラの真ん中にある小さな川中島に鎮座しております。

1694年に現代のタイ人の元のタイ族の血を引くアホム族によって創建されましたが、1897年の大地震後再建されました。

シバ神を祭っています。

1897年のアッサム地震で殆どの建物は崩壊しましたが、このGateway to Guwahatiのみが辛うじて残りました。

マグニチュードは8以上。

日本の地震学の父、大森房吉(1868-1923)も地震調査に加わったとの事です。

インドも地震国、「天災は忘れた頃にやってくる」の意識で防災に備えなくては、と思います。

アッサム農家

アッサム農家の猫は蓄えてある農作物を食べるネズミを追う、と言う事で農家の重要なメンバーであり、都会より大切にされている様です。

福々しいお顔。

当然の如く、コミュニティの成員。

アッサム農家の高床式倉庫

写真左手奥はアッサム農家の高床式倉庫です。

洪水の被害防止、貯蔵穀物のネズミ除けなどに適しています。

日本では、遺跡跡でしか観察出来ない高床を、間近に見ました。

きっと歴史的にいろいろな変遷過程があって、今の形に落ち着いたのでしょう。

足踏み式製粉

足踏み式製粉。アッサムの村で拝見させて戴きました。

懐かしい日本の風景の様でもあります。

素敵な笑顔に遭遇しました。

生活の中の笑顔は本物ですね。

邪魔しちゃいけない。

インド・アッサム州に住むタイ族のご馳走

インド・アッサム州に住むタイ族のご馳走。

アホームと呼ばれる民族です。

お米はもちもちしており、普通のインド米とは全然違います。

日本人の口にあうと思います。美味しかったです。

元来、中国南部雲南省辺りに住んでいたタイ族の大部分は、今のタイに移動しましたが、一部に南下せず、西へ移動した人々がいて、ミャンマー北部からインドへ入り、今のインド・アッサム州迄、入り込んだ様です。

赤米を煮る

赤米を煮る。

アッサムで戴いた赤米は少ししゃびとしていて淡白な味。

濃い味の料理と合います。

タンニンの渋味を感じません。

日本に赤米が来たのは11世紀から14世紀との事。

原産地はアッサムから雲南にかけての照葉樹林文化圏との事。

アッサム州ゴハティにあるSukreshwar Ghat

アッサム州ゴハティにあるSukreshwar Ghat。

Ghatは川に面した沐浴用階段。

ここからの日の出と日の入りの風景が美しいそうです。

Ghatはインド各地にありますが、このGhatは小さく人々の日常生活に密着している様です。

Sukreshwarはアッサムに住むタイTai系Ahom族が1744年に創建したものです。

このhを入れないTai族の源流と、現在のタイに住むThai族の源流は共に南中国にある様です。

サライガートの戦い

1671年サライガートの戦い。

ムガール帝国第六代皇帝アウラングゼーブ(1618-1707)の治世下、ムガール軍はデリーより遥か東方ベンガルを平定後、更に東進。

アッサムを征服しようとしました。

しかし、アホム族が率いる軍隊とブラマプトラ川上の戦いのため、ムガール軍のアッサム侵入は喰い止められました。

写真の絵は戦いの様子です。

メガラヤ州

インド東部のメガラヤ州のつぶらな瞳の子供たち。

メガラヤ州は、アッサム州南部に隣接する山の多い地域。

海に面していない州で、南部はバングラデッシュと接しています。

カーシ族 、ガロ族などモン・クメール語族に属する人々と、・ビルマ語族に属する複数の少数民族が、地域ごとに点在する不思議な空間です。

現在、多くの人々はクリスチャンであり、山間部に、教会が散在しています。

人々は山間の斜面を素早く移動します。

正に風の民ですね。

メガラヤ料理

インド東部のメガラヤ州シロンで食しました、メガラヤ料理です。

ご飯は丸くてもちもち感があり、普通のインディカ米とは違います。

この地方では、豚肉が好まれます。

女性は皆働き者で明るく、小さなレストランの調理・配膳・会計全てを、5~6人の女性が、勢いよく取り仕切っておりました。お客さんも殆ど女性でした。

インドと言うより東南アジアの雰囲気の漂う町でした。

町には殆どゴミがなく、坂の多い雰囲気は神戸の様でもありました。

また行きたい町です。

シロン西部には温泉も湧いていると聞いております。

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