世界宗教としてのヒンドゥー教

世界宗教としてのヒンドゥー教

近年、ヒンドゥー教が世界宗教と呼ばれ始めていることをご存知でしょうか。

一般的にヒンドゥー教は、インドの社会制度と密接に繋がり、切り離せないと考えられていて、インド固有の地域宗教のイメージが強くあります。

こうしたイメージをもたれていたヒンドゥー教ですが、地域宗教から世界宗教へと押し上げた要因が、インド系の移民です。かれらがインドを離れ、移住先でヒンドゥー教の信仰を継続し、その信仰が広まっているのです。

今回は、世界に広まったヒンドゥー教の信仰が、どういったものなのか、紹介します。

1.世界宗教と在外インド人

世界宗教とは、特定の地域・民族に限定されず、世界規模で信仰が広まっている宗教をさし、他宗教への寛容性も必要といわれます。

一般的にはキリスト教、イスラム教、そして仏教が、世界宗教といわれています。そして、近年では、ここにヒンドゥー教も、しばしば加えられるようになってきました。

その理由は、世界各国へと移住した、多くのインド人、その家族が、自身の信仰を維持し続け、その信仰に興味をもった移住先の国の人々が、新たに信者となるケースが増えたためです。

在外インド人、インド系移民の数は、中国の華僑より多いといわれており、世界最大規模のディアスポラ(民族離散)となっています。

NRI(Non Resident Indian:在外インド人)やPIO(Person on Indian Origin:インド系の外国籍保持者)のように、インドでの投資等の免税権をもった人は、約2800万人いるといわれています。

こうした権利をもたない世代も含めると、ヒンドゥー文化をもったインド系移民はさらに膨らむこととなります。

2.世界宗教としてのヒンドゥー教:欧米を中心に

ヒンドゥー教は、布教というよりも、主に移民によって、世界宗教となったといえます。世界最大規模の、数千万人のインド系移民が、各国に根を下ろし、信仰を支えているためです。

ただ、ヒンドゥー教は、本来、南アジアの地域・民族的文化の強い影響のもとに、発展してきたものであり、インド国内において、カースト制度をはじめとする、独自の制度と、密接に結びついて発展した宗教です。

そのため、従来は、ヒンドゥー教の信者になるためには、ヒンドゥー教徒としての宗教社会生活をし、ヒンドゥー・コミュニティの一員にならないといけないと、考えられてきました。

しかし、現在は、欧米人のヒンドゥー教徒が増えています。海外在住の欧米人が、ヒンドゥー・コミュニティの一員となることは難しいように感じますが、どういうことなのでしょうか。

欧米人は、ヒンドゥー教のもつ、神への絶対的信仰や、すべての宗教への寛容性、個人の完全性を強調することに、興味を持つ人が多いといいます。こうした思想は、欧米でも人気のヨーガの思想体系を入り口にし、ヒンドゥー教の信仰・思想・哲学にはまっていく人が、増えているようです。

欧米人のヒンドゥー教信仰の特徴は、インドのヒンドゥー教徒とは異なり、宗教社会生活を取り入れることなく、哲学・思想の世界を、受け入れたことにあります。

また、多くの欧米人は、ヨーガを入り口にして、ヒンドゥー教の世界に入ってきます。ヨーガからヒンドゥー教に興味をもった欧米人にとって、ヨーガの瞑想法は宗教的実践と考えられ、その哲学は、個人で完結できる、東洋の神秘的な宗教・思想となったのです。

欧米人の生活習慣に、適応して変化することで、ヒンドゥー教は広がったのでしょう。

現在欧米で流行しているヨーガは、「ハタ・ヨーガ」という、全部で6つの系統に分かれている流派です。そのヨーガを実践しているからといって、ヒンドゥー教徒を名乗る欧米人が現れたことに、懸念をもつインド人も多くいるといいます。

ヨーガは、インド古来から伝わる、心の統一(合一)のために行われてきた修行法で、ハタ・ヨーガは、複雑な座法を実践することで、自身の身体を宇宙の縮図と感じ、宇宙と自身の合一を求めるものです。ヨーガの修行(実践や真理の探究)の先に、「(ヒンドゥーの究極の目標)」があります。

この宇宙の理論も、大変複雑な理論で構築されており、難解なものとなっています。そのため、多くの欧米人は、この宗教哲学の深層へと入っていかずに、表層だけのヨーガの実践に終始し、心の安定や、身体機能の強化のための、運動としてみています。

実際に、ヨーガを実践し、ヒンドゥーを自称する欧米人の多くが、ヒンドゥーの寺院に参拝した経験もなく、ヒンドゥーの宗教美術や建築物を、みたことがないといいます。

また、子供が病気になっても、神に祈ることも、ましてや神に供物を捧げない人が多いなど、インドのヒンドゥー教徒とは、かなりの乖離があることが分かります。

例えば、インドのヒンドゥー教徒が大事にしている、ヒンドゥー3大祭りのディーワーリーホーリー(ホーリーはインド人も疎かにする人が多いです)などは、多くの欧米人のヒンドゥー教徒にとって、興味の対象となっていません。

これらの祭りは、ヒンドゥー教徒にとって、重要な宗教的意味をもち、一年の重要な区切りとなっており、家の繁栄のために、祈祷を捧げるのが通例です。これを疎かにすると、神の怒りに触れることとなる、と考えるのが、一般的なヒンドゥーの信仰です。

そのため、多くのインド人が、こうした欧米の「ヒンドゥー教徒」を、ただの運動としてのヨーガ好き、インド哲学好きとみるのも、仕方なく感じます。インドでは存在しないような、極めて緩いヒンドゥー教徒といえるのかもしれません。

3.世界に広がるヒンドゥー教

東南アジア諸国にも、多くのインド系移民が暮らしています。こうしたインド系移民の多くは、イギリス植民地支配の前から、東南アジア諸国に辿り着き、長い、独自のヒンドゥーの歴史をもっています。

ただ、かれらの先祖の多くは、不可触民出身者であったり、インドで暮らせなくなった人々であるといわれ、東南アジア諸国でも、差別の対象となっているという話はよく聞きます。

私はタイが好きで、よく旅行に行くのですが、どこに行っても、インド人の悪口を言えば盛り上がります

ただし、近年は、インド人の高学歴スペシャリストが、高給を得て働いているケースが増えているので、そのような事情も変わりつつあるのかもしれません。

世界各地に、インド系〇〇人の2世、3世は増えており、インドの言語(英語は除く)を話せない世代も、増えています。

そうした世代にとってのヒンドゥー教は、カースト制度などの、インド特有の社会制度とは無縁の宗教であり、他の宗教にも寛容で、自由な思想を巡らせることができる信仰なのかもしれません。

4.世界宗教としてのヒンドゥー教のまとめ

インド人の移民は、世界各国におり、独自のコミュニティを形成しています。

そして、ヒンドゥー教は従来、様々な信仰を吸収してきた宗教であり、柔軟な思想形態をもっているといわれていますが、海外へと飛び出すことで、さらに柔軟な、人に受け入れられやすい信仰形態へと、変化しているのかもしれません。

インド国内のヒンドゥー教は、イスラムとの衝突など、窮屈なイメージが強くなってきましたが、海外の「ヒンドゥー教」の緩さに、ヒンドゥーの本来の姿をみた気がします。

緩くても平和が一番と思ったところで、今回の記事を〆たいと思います。

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「この世において、男を堕落させるのは、女の天性である。だから賢者は、女に対して心を許すことはない」
「正統」なヒンドゥー教の儀式で、不可触民が司祭の役割をして、儀式を執り行うなど、まずありえませんが、…