小説『不可触民バクハの1日』

小説『不可触民バクハの1日』

ムルク・ラージ・アナンド(Mulik Raj Anand, 1905 – 2004)著、山際素男訳の『不可触民バクハの1日』(原題:Untouchable)をご存知でしょうか。この本は、イギリスのガーディアン紙の「死ぬまでに読みたい1000冊」に選ばれ、不可触民の置かれた悲惨な実態を描写したものと、高い評価を得ています。

今回は、この『不可触民バクハの1日』を中心に紹介します。

1.『不可触民バクハの1日』

不可触民バクハの1日』は、1935年に発表された、M.R.アナンドによる小説です。この小説は、便所掃除の仕事を生業とする不可触民バクハ(Bakha)を主人公とし、彼の1日を描いています。

バクハは知性をもっていますが、ナイーブであり、虚栄心も強い人物として描かれます。

物語の中で、バクハは様々な悲劇に直面します。この悲劇は、徹底的にバクハの自尊心を破壊し、いかに不可触民非人道的で、不当な扱いを受けているのかが描写されていきます。

物語の中で登場するバラモンが、バクハに吐き捨てた言葉は、徹底して侮辱的であり、彼を同じ人とは思ってもいないようにみえます。

アナンドは、カースト制度の廃絶へと繋がる議論が巻き起こることを期待したといい、この小説は、抑圧された不可触民に付随する貧困、搾取、不幸の分析であるといわれます。

小説なので、ネタばれ的な物語の結末は控えますが、次の項では、個人的に気になった箇所を抜粋します。

2.『不可触民バクハの1日』の描写紹介

2-1.51ページ引用

突然、恐ろしい罵声が耳元で炸裂した。

「この豚野郎、なぜ掃除夫が通りますってよばわないんだ。

おかげで貴様にぶつかってしまったじゃないか。

このど盲の足曲がりの不可触奴!

どこをみて歩いているんだ。

おかげでまた家に戻って沐浴からやり直しだ。

着ているものも全部取り替えなくちゃならんのだぞ!」

バクハははじめなにがなんだか判らなかった。

恐ろしい形相でわめき立てる男の顔を、悲し気に、弱々しく見上げ、直ぐに面を伏せた。

町のバラモンにもろにぶち当たってしまったのにやっと気付いたが、もう手遅れだった。

なんといって謝ろうかと思い惑う彼の頭上に、益々激高し、居丈け高になる男の怒声が殺到し、顔も上げられなかった。

2-2.54ページ引用

「えー、掃除夫が通ります。えー、掃除夫が通ります。」

バクハの物憂げな声は、街並みにそって不吉な知らせを持ち運ぶ使者のようにこだました。

人びとはその声にはっとし、まるで毒蛇をふんづけかけたとでもいう風に、顔をしかめ、バクハから離れていった。

誰一人、バクハに近づくものも、声をかけるものもなかった。

3.『不可触民バクハの1日』考

今回紹介した描写以外にも、様々な悲劇的描写があり、不可触民がおかれた悲惨な環境を考察することができます。

もちろん、すべての不可触民が、この小説のような侮辱を受け続けているわけではありません。教育を受け、中には経済的な成功を収めている人もいます。政府の不可触民支援政策も、植民地支配期と異なり、様々なものがあります。

ただ、この小説と同じような境遇の不可触民がいることも、明らかです。

例えば、便所清掃員などが街にいると、道を歩くインド人のほとんどが、意図的に視線をそらします。私も、インド人と街を歩いていた時に、急に表情を変え、顔をそむけたので何だろうと思ったら、不可触民の清掃員がいた、というのを体験したことがあります。

ホームステイしていた際、家の下水道が壊れ、不可触民修理工を呼んだ時も、家人は対応を家のメイドに任せ、視界に入ることも拒絶していました。

ただ、普段のかれらは、不可触民差別等を批判し、恥じているような人たちだったんです。そうした人でも、無意識で、差別的な振る舞いをしてしまうということなのでしょう。

小説の中で、不可触民の主人公が、バラモン男性とぶつかって、徹底的に罵られる描写があります。現在のインドにおいても、こうした差別はみることがあります。

以前、目にしたニュースでは、地方の農村部で、ある不可触民が、街中で一般ヒンドゥーとぶつかったことを理由に、リンチされ、殺されたというものがありました。些細なことで、不可触民が殺された、というニュースをみたことがある人も、多いのではないでしょうか。

4.小説『不可触民バクハの1日』のまとめ

今回、紹介した小説のように、被差別民の置かれた世界を、鮮明に描いた作品で、高い評価を得ているものは多くあります。

私がこうした小説で凄いと思ったのは、西洋植民地のアフリカ支配を描いた『闇の奥』です。インドとは無関係ですが、興味深い小説で、何度か読み返してしまいました。

もちろん、今回の『不可触民バクハの1日』もそれに匹敵し、インドの不可触民に興味のある人にはぜひ、文庫本で、値段も手ごろなのでお勧めです。

他にも、インドに関する興味深い本はいろいろあるので、また機会があれば、紹介させていただきます。

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