インドの暗殺集団!?タギー

インドの暗殺集団!?タギー

インドにかつていたタギー(Tagi, Thuggee)という暗殺集団、暗殺カルトをご存じでしょうか。たびたび映画化されている題材なのでご存じの人もいるかもしれません。私はたまたま読んでた雑誌にタギーのことが書かれていて、興味を持つことになりました。

インドを縦断して各地で人に取り入り、油断をさせ、そして殺す。なにかドキドキします。

今回は、このインドの暗殺集団、タギーについて紹介します。

1.タギーってどんな人たち?

タギーはサンスクリット語で「隠ぺい」を意味する言葉で、インドで13-19世紀にかけて活動し、世界初のマフィアとも呼ばれるプロの暗殺集団です。このタギーという言葉は、現代英語でも殺し屋などの意味をもつ「thug」の語源となっているようです。

かれらの暗殺は、ヒンドゥー教の女神カーリーの名のもとに行われ、遺体を供物として捧げていました。植民地支配期のイギリスにも、悪名名高い狂信的なカルトとして、タギーは知られていたといいます。

19世紀にタギーは絶滅されますが、かれらは合計200万人の人を殺してきたのではないかと噂されています。かれらの主たる目的はとしての殺人ですが、実際には殺害の後に金品の強奪を行い、それを生業としています。

2.タギーの成り立ち

タギーの確認されている一番古い記録は、1356年のものです。かれらはヒンドゥー教の女神カーリーを崇拝する人々と、ムスリムの暗殺者たちが融合することで生まれたとされます。カーリーは殺戮と恐怖を司る神であり、カーリーに捧げるための供物として、人を捧げる必要があると考えたようです。山羊を捧げるというのはよく聞くので、かれらからするとその延長線上で、人間を供物とすることにしたのでしょう。

こうしてヒンドゥーとムスリムの融合という珍しいカルト、タギーが生まれたとされます。

タギーの殺人の方法は、グループ内部で子供のうちから教え込まれます。そうした指導は宗教的指導者であったり、暗殺のリーダーであったりしたといいます。また、女性の暗殺者の確認もされています。

タギーのグループ内部のことは公に話されることはなく、グループ内部で完結していたといいます。

3.タギーのルール

人を殺すことを宗教的慣習として行っていたいましたが、そんなかれらにもルールがあります。この項ではかれらを縛っていたルールについて紹介します。

1.人を殺すことなく金品を盗むことの禁止:

人を殺すことがタギーの目的であり、金品の強奪はそのあとの副次的な要素に過ぎない、死んだ人間には不要なものと考えました

2.バラモンの殺害の禁止:

ヒンドゥー教においてバラモンは浄性が高く、バラモン殺害はヒンドゥー聖典により罪と規定されているため、ヒンドゥーの女神カーリーを信仰するタギーは、それに従ってバラモン殺しを禁止しています

3.病人の殺害の禁止:

病気で弱っている人は、殺す価値のない人間とタギーは考えていました

4.女性殺害の禁止:

タギーは女神カーリーを崇拝していたため、女性にはカーリーの化身としての要素を見出し、殺害を禁止しています

5.殺害の際の流血の禁止:

神話において、カーリーが血をすする描写があるためか、血を穢れと考えたためか、殺害の際の流血は嫌われ、絞殺するケースが多かったようです

こうしたルールはあったようですが、ケースによっては柔軟に考えられ、女性を殺すことや刃物で刺し殺すこともあったようです。ヒンドゥーの教義では当然、殺人は罪とされていますが、殺戮の神カーリーのためなのか、殺人が慣習・生贄としてかれらの文化になり、維持されました。

4.どうやって人を殺しているのか

タギーは一箇所に留まることなく、インド亜大陸を縦断していたといわれています。を身につけ、荷物を自分たちで運ぶことで、旅人として訪れた先々の信用を得ていたようです。人殺しをし、かれらの噂が広まるころには次の場所へ・・・ ということなのでしょう。

タギーは暗殺のターゲットを定めます。金品が宗教上の理由ではないとはいえ、実入りが少ないよりは多い方が良いと考えたのでしょう。かれらは滞在場所で巧みに人々の中に入り込み、信頼を得ます。

それぞれの地域でヒンドゥーかムスリムか、有利に振る舞える方を選んで行っていました。そしてターゲットを決め、実行します。

殺害の時間は夕刻が多かったとされています。タギーは周囲に疑惑を持たれないため、剣の運搬は極力避け、殺害に際しても刃物は使わずに、後ろから首を絞め殺すケースが多かったようです。絞殺が多かったようですが、場面によっては毒や刃物で殺すこともあったとされています。

また、殺害後は証拠が出ないように、死体を切り裂き、隠しました。

殺した相手には、夫人や子供がいるケースも多々ありました。金品の略奪の際に邪魔になると考えた際は、女、子供も殺されたといいます。そうした場合、生き残った人間を脅し、殺させる、殺し合いをさせるケースもあったようです。

生き残った子供をさらい、グループ内部で暗殺者として育てたケースもありました。

5.タギーの絶滅

19世紀半ば、イギリス領インドの役人ウィリアム・ヘンリー・シュリーマンのもと、1936年に「ダギー、ダコイティ抑圧法」が施行されます。ダコイティはインド亜大陸の盗賊のことを一般的に意味します。安定したインド統治のために、タギーは危険だと判断したため、行われたといいます。

この法令の施行後、取締りを開始しましたが、タギーがイギリス人を襲い、多くの人に恐れられたようです。しかし、タギーへの弾圧はその後も続き、1870年代には絶滅させられたとされています。

1840年に死刑となっているタギーのベーラムという男は、931人を殺害したとされ、ギネスブックにも記載されているようです。

6.インドの暗殺集団!?タギーのまとめ

ざっとタギーについて紹介しましたが、中世くらいの映画に出てきそうな設定の集団だな、と私は思いました。いかにも映画になりそうな題材です。そう考えていたら、やはりタギーを題材にしている映画は何本もあるようです。気になった方がいればぜひ観てみてください。

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それぞれの果物、果実には、たいてい宗教的な意味合いが与えられています。
タントラ諸派において、カーリーは最高神としても崇拝されてています。