マルチ・スズキ:成功の戦略

マルチ・スズキ:成功の戦略

2018年のインドの自動車販売では、マルチ・スズキが全体で50%を超えるシェアを誇り、インドで圧倒的に成功している自動車メーカーとして知られています。

近年多くのインド人の生活水準が飛躍的に上昇する中で、自動車保有者数も増え続けています。そして、その販売総数も時間の問題で、日本を抜くといわれています。

今回の記事はインドで成功をおさめ続ける日系企業マルチ・スズキを紹介します。

1.マルチ・スズキとは?

マルチ・スズキ(Maruti Suzuki India Limt.)は、スズキのインドで生産販売をする子会社です。本社はニューデリー、インド国内の工場は計4つ、ハリアナ州のグルガオンとマネサール、グジャラート州のアーメダバードに2つの工場があります。

社名のマルチはインドのマールティという風の神に由来したもので、軽快に走る自動車を意識したものだといいます。

前会社名のマルチ・ウドヨグの「ウドヨグ」は「産業、工業」を意味します。

2.マルチ・スズキの特徴:インド人に合わせた車

マルチ・スズキはエンジニアリングとデザインの拠点をインドに置き、インド人の好みに合った車を作っています。インド人の車の好みは、はっきりとした顔とパワフルでダイナミックな造形が好みの人が多いようです。

マルチ・スズキは徹底してインド人の好みをリサーチし、インド人がデザインを作り上げていくといいます。

他社メーカーの車に乗っている人や、従来は自動車所有者の少なかった農村部にもリサーチをするなど徹底して、販売網の拡大を現在も狙っています。

3.マルチ・スズキ設立と歴史

2019年の従業員数約4万人、総売り上げ120億ドル、総生産台数157万台と、現在インドで断トツのシェアを誇るマルチ・スズキの歴史を簡単に紹介してみます。

1970年代、インド国内で、政府主導の実用的小型自動車を生産していく構想を立ち上げ、スズキが合弁相手として手を挙げたことでマルチ・ウドヨグ、後のマルチ・スズキが誕生することになりました。

1980年代当時、日本で発売されていたアルトに近いマルチ800という車種を現地生産し、従来のインド車とは異なる高性能と低価格で販売したことから、爆発的に売れ、インド市場を独占していくことになります。

マルチ800によってインド進出を軌道に乗せたスズキは、1992年に出資率を当初の26%から50%に拡大します。

2000年代にはインド国民の所得向上とともに、生産台数も急増していきます。

、スズキが出資比率を54%に引き上げ子会社化をし、2006年にはインド政府が全保有株を売却し、完全民営化され、2007年には社名を現在のMaruti Suzuki India Limitedに変更しました。

この完全民営化には反対の声もありましたが、アジア危機の影響も残り、経済が危機的状況でもあったため、当時行われていた一連の国有企業の株売却の中で行われました。

、グルガオンのマネーサル工場内の従業員同士のトラブルがきっかけで、大規模な暴動が発生、これにより約1か月の操業停止に追い込まれます。

2014年、マルチ800の生産終了後、グジャラート州アフマダバードに「スズキ・モーター・グジャラート」を設立し、マルチ・スズキの設備投資負担の軽減や工場運営の強化を図りました。

、累計販売台数1500万台を突破、新たな販売網を構想しNEXAを立ち上げます。

2019年グジャラート州アーメダバードに第2工場を設立し、生産能力をさらに向上させました。

4.マネサールの暴動

インド進出後唯一マルチ・スズキの販売台数が伸び悩んだ時期が、2011年から2013年ごろです。この時期は国内の景気低迷や競合相手とのシェアの奪い合い、そしてマネサールで起きた暴動の影響で停滞したといわれています。

2012年7月18日、マネサール工場は暴力に襲われました。労働者たちが現場監督を襲い、放火をし、人事部長を殺害、100人以上の負傷者を出す暴動が起きたのです。

同年4月以降労働組合は、労働環境の改善、基本給の3倍、交通費として1万ルピー、新車発売の度に洗車代3,000ルピー、希望者すべてに低金利の住宅ローンの要求をしました。

低賃金で働く契約労働者が多く、労働実態が決して良いものではなかったとはいえ、このような要求が受け入れられることはなく、交渉は行き詰まっていました。そうした状況の中、従業員同士のいさかいを発端に暴動が起きたといいます。

その後、労働組合側の要求は受け入れられることはないまま鎮圧され、暴動に参加した500人が解雇され、事態は収束していくことになります。

しかし、しばらくの間、マルチ・スズキの労働環境は批判され続けることになりました。不景気や競合相手、このマネサールの暴動による風評被害で一時的にシェアは下がりましたが、現状はもちなおし、そのシェアは50%を超えるまでになっています。

5.販路拡大の戦略

シェアを落とし始めたマルチ・スズキが取った戦略は、農村部の市場開拓とNEXAにみられるワンランク上の車の提案です。

国土面積は日本の約10倍のインドの自動車保有台数は、圧倒的に都市圏が中心となっていました。その逆に、農村部はに自動車保有台数が少なく、他の自動車メーカーも都市部を中心としたマーケット戦略を取っていました。

そこで2012年以降、農村部に販売網を構築していき、さまざまなリサーチを重ねていくことで2014年には早くも成果が表れ始めました。2018年には約700店舗で、農村に向けた顧客の取り組みを行っているといいます。

従来のスズキは、小型車を中心としたマーケティングを行ってきましたが、経済成長著しいインドでは車の買い替えの際、ワンランク上の車を求める傾向が強かったといいます。

その打開策として提案されたのが、新しい販売網としての「NEXA」です。ここでは従来の小型車でなく、インドでより高級と認識されていたセダン車などを売り出していったのです。

スズキの売り上げ全体の7割が、アルトをはじめとした4つの車種であるという状況の打開も考えられていました。販売網の多角化を図り、従業員は5スターホテルからもスカウティングしてきているといいます。

こうした取り組みもあり、マルチ・スズキの販売店舗数は、他の全メーカーの合計販売店舗数を大きく引き離し、その勢いは依然として続いています。

6.マルチ・スズキ:成功の戦略のまとめ

コンパクトな車、そして低価格路線からスタートしたマルチ・スズキは、インドで断トツのシェアを握っています。

ジャンルは違いますが、サムスンなどもインド人の好みや生活環境のリサーチを徹底した姿勢はインド人の間でも話題になり、それが好意として受け入れられ、現在の販売売上へと繋がっているようです。

ショッピングモールの電化製品の売り場に行くと、年々日本ブランドの商品が減り、サムスンや中国メーカーの商品が棚に増えています。インドの若い層と話していると、日本メーカーで強いのは自動車くらいしかないという話を聞きますし、ソニーもプレイステーションの会社とデリー大学の学生が話していました。

2030年にはGDPで日本を抜くといわれているインド。スズキのあとを追って日本企業の巻き返しに期待したいです。

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