解脱への道:ヒンドゥーの究極目標

解脱への道:ヒンドゥーの究極目標

ヒンドゥー教徒の究極目標といわれている「解脱」をご存知でしょうか。「解脱」という言葉は聞いたことがあっても、なかなか「解脱」の解説に触れる機会もないと思います。

そこで今回は、ヒンドゥー教徒にとっての「解脱」とは何なのか、そして解脱に至るための方法を紹介します。これはの世界で、本を読むとかなり難解です。

1.解脱って何?

解脱は、ヒンドゥー教徒の究極目標と言われます。

ここでは、解脱の前提となる輪廻信仰と、解脱について簡単に説明します。

1-1.

輪廻は、ヒンドゥー教やカースト制度を支える、根幹的な思想です。

輪廻といわれるこの信仰は、今生の行い(業・カルマ)が、来世に影響を与える、との考えです。ヒンドゥー教に則った「正しい」生き方を重ねると、来世では、バラモンやクシャトリヤのような、清浄な、徳のある存在として、生まれ代われるということです。

逆に、ヒンドゥー教で嫌われている「不浄」なことを繰り返すと、不可触民などとして生まれ代わってしまう、ということになります。

これは現在も続いている、不可触民差別を正当化する、1つの要因となっています。

こうした宗教観のため、ヒンドゥー教徒は、自身の置かれている生まれ、境遇が、たとえどんなに酷いものであっても、受け入れなくてはなりません

この輪廻に基づく考えにより、カースト制度のヒエラルキーが固定化され、現在に至るまで続いてきたといえます。

また、この輪廻は無限に続くと考えられています。

ヒンドゥー教徒は、輪廻を「苦しみ」と捉えており、そこから脱することを解脱といい、ヒンドゥーの究極目標と捉えられています。

1-2.解脱

ヒンドゥーの究極目標である解脱は、無限に続く輪廻のループから脱し、ヒンドゥー教の最高神ブラフマーのもとに到達することを言います。

解脱をすることができれば、二度と、輪廻の無限ループに戻ることはありません。

解脱は、死後に解脱に至るものと、生きながら解脱に達するものがいます。生きながら解脱に達したものとして有名なのは、ブッダです。

ヒンドゥー教では、この解脱に達するための3つの道を説いています。次の項では、その3つの道をみていきます。

2.解脱に達する3つの道

解脱に達するためには、ジュニャーナ(知識)の道、カルマ(行為)の道、バクティ(信愛)の道の、どれかを極める必要があります

それぞれどういったものかみてみましょう。

2-1.ジュニャーナの道

ジュニャーナの道は、個我の根本原理・本質(アートマン)が、宇宙の原理()と同一であることの真理を知ることで、解脱に至るという信仰です。

これは、世界の理を理解することを意味します。

そのために、数多あるヒンドゥーの儀礼神話の意味を、理解する必要があります。

また、その知識を得るための「奥義書」と呼ばれているのが「ヴェーダーンタ」と呼ばれている、ヴェーダ』聖典の終わりの部分です。

ここでは、ヒンドゥー教の真の知識は、聖典の中にのみあるとし、不二一元論をはじめとした、極めて難解なインド哲学を理解する必要があります。

2-2.カルマの道

カルマの道は、『マヌ法典』をはじめとした、ヒンドゥー法典で定められた社会の義務を、結果や報酬という対価を求めずに、何も考えず、ひたすら続けることで、解脱の道へと至るとの信仰です。

カルマは、行為・業(ごう)を意味します。

この信仰は、善人も悪人も、死んでしまえば同じでは不公平、というところから始まったもので、因果応報思想によるものといわれています。

すべての行為からは、善悪に関わらず業が生じ、行為者自身に付与されます。自分の行為の結果は自分で受け止める「自業自得」の考えは、ここに由来します。このすべての業を滅することができれば、解脱へと達するということです。

2-3.バクティの道

バクティの道は、神への絶対的な信愛に専心することで、解脱への道へと至るという信仰です。

この信仰は、ヒンドゥーの知識を司る聖典は、上位カーストによって独占されていたため、その知識が得ることができない、一般ヒンドゥーのために生まれた、と考えられています。

古来、民衆の識字率は極めて低く、聖典を読むことができるのは、バラモンをはじめとした、上位カーストに限定されていました。

そのため、文字の読み書きができなくても、篤い信仰心があれば、解脱へと達する可能性を与え、ヒンドゥーの法に従わせようとしたのでしょう。

3.解脱への道:ヒンドゥー教徒の究極目標のまとめ

以上、簡単に、解脱について紹介しました。

私はヒンドゥー教に興味があったので、何度か、解脱について深く勉強してみようとチャレンジしたことがあるのですが、インド哲学の高い壁の前で立ちすくんで、終わってしまいました。解説書ですら、難解で難解で。

もし、こうしたヒンドゥーの思想に興味があれば、インド哲学の世界に飛び込んでみてください。そして、よい本があれば、ぜひ教えてほしいです。

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ダルマに対しアダルマという語があり、この言葉は「非法」を意味します。
インドではそうした問題に構っている余裕はないというのが現状です。