ラクシャドウィープ諸島とキャプテン・キッドの話

ラクシャドウィープ諸島とキャプテン・キッドの話

西インドのマラバール海岸沖にある、ラクシャドウィープ諸島(Lakshadweep Islands)をご存知でしょうか。ラクシャドウィープ諸島は、インドの海のイメージとは異なり、澄んだ美しい海を満喫できる、インドでも数少ない場所なんです。

今回は、ラクシャドウィープ諸島と、植民地時代に、この地で暴れた記録が残っている有名な海賊、キャプテン・キッドのエピソードを紹介します。

1.ラクシャドウィープ諸島

ラクシャドウィープ諸島は、西インドのマラバール海岸の沖合、約320㎞に浮かぶ、サンゴ礁の小島群で、1956年以来、インドの連邦直轄地となっています。

現在の人口は約7万人、公用語はマラヤーラム語と英語、宗教はイスラムを信仰している人が、ほとんどです。

この連邦直轄地には、20の主な島々がありますが、そのうち、人が生活をしているのは、10島に限られます。

首都はカバラティ(Kavaratti)で、同名のカバラティ島にあり、人口は約1万人、美しい白い砂浜で知られています。

どの島も、経済規模は小さく、主な産業としては、ココヤシやパンノキの実の採集、小舟を操っての漁業があり、近年では、観光が注目されつつあります。

北部にある小島群は、アミーンディーヴィ諸島(Amindivi Islands)と呼ばれ、開発もあまり進んでいないため、インドの伝統的な漁村の雰囲気を感じられます。

ナイン・ディグリー海峡(Nine Degree Channel)の南に位置するミニコイ島(Minicoy Island)が、この地域で最大の島です。

このナイン・ディグリー海峡は、世界中の多くの商船が航行をする海域で、海賊なども出没することから、インドの安全保障上も、重要な地域の1つと考えられています。

そのため、ミニコイ島には、インド海軍の基地がおかれ、周辺の海域の治安維持活動も行っています。

ラクシャドウィープ諸島の先祖は、9世紀頃に、現ケーララ州のマラバール海岸から、海を渡り、移住してきたと考えられています。

この移住者たちは、諸説ありますが、マッピラ(Mappila)という、インド最古のムスリム・グループとの説が有力のようです。

その根拠は、ラクシャドウィープの文化とマッピラの文化に、多くの類似点があるためです。

また、前述したミニコイ島には、仏教関連の遺物があり、スリランカの仏教徒が移住してきたと考えられています。

こちらもその後、イスラム化しています。

2.ラクシャドウィープの伝統舞踊:ラヴァ・ダンス

ラクシャドウィープには、ラヴァ・ダンス(Lava Dance)と呼ばれる伝統舞踊があり、土地の人々の間で愛され、近年は観光資源としても、注目されています。

一般的に、この舞踊の担い手は、ラクシャドウィープの男性で、祝いの場などで、華やかに披露されます。

ラヴァ・ダンスは、ラクシャドウィープに伝わる民謡のリズムに合わせて、演じられます。

1組のペアとなり、多くの場合は一列に並び、輪になって、民謡のリズムに合わせて打楽器を叩き、動きます。

衣装はカラフルで、目を引く明るい色調が特徴です。

3.ラクシャドウィープと海賊キャプテンキッド

ラクシャドウィープには、世界的に有名な海賊、キャプテンキッドに襲われた記録があります。

キャプテンキッドがどんな人物か紹介したのち、その襲撃を紹介しましょう。

3-1.キャプテンキッドとは

キャプテンキッド(本名:ウィリアム・キッド)は、1645-1655年頃、スコットランドで生まれ、アメリカで私掠船(しりゃくせん:敵国の船を襲う権利を得た船)を率いて、活躍していました。

キッドの前半生の記録はほぼなく、彼が登場したのは、50歳前後の時と考えられています。私掠船としての活動域は広く、アメリカからアフリカ、、そしてインドにまで及んでいます。

私掠船として活動していた当時から、物品を奪う行為をしていたようで、半海賊化していたということです。その後、私掠船での稼ぎの薄さに嫌気がさし、海賊として活動することになります。

キッドの名を世界的なものとしたのは、巨額の財宝を乗せた、フランスの船ケダー・マーチャント(Quedah Merchant)号を襲った事件です。キッドは、ケダー・マーチャント号から、財宝の略奪に成功しましたが、その後、イギリス軍に捕まり、1701年に死刑となってしまいます。

3-2.ラクシャドウィープに来たキャプテン・キッドの話

キャプテン・キッドが、西インドのマラバール(Malabar)海岸を拠点にしていたのが、1697年9月から1698年2月までといわれています。その期間、キッドはインド周辺で、私掠を行っていました。

ある日、キッドは私掠した船を引き連れ、船の修理のために、ラクシャドウィープを訪れたといいます。その際、キッドの船のクルーたちは、島民が漁で使う船を破壊し、燃やし、村の若い女性たちを、手あたり次第にレイプしました。そして、抵抗する村の男たちを、徹底的にリンチし、食料や資材を強奪したといいます。

当時、ラクシャドウィープのような小さい島の集落は、守護のため、国の軍が駐在することもなかったため、しばしば海賊に襲われることがあり、大変苦しめられていたようです。

4.ラクシャドウィープ諸島のまとめ

ラクシャドウィープは、大変美しい海が広がっています。産業化はまだまだ進んでいないこともあり、インドの漁村の原風景を味わえます。インドの近代化されていない地域は、不便な点も多いですが、独特な雰囲気を経験できます。

こうした経験をしたことのない方には、ラクシャドウィープ諸島はぜひ、お勧めしたい地域です。また機会があれば、有名ではないけれど、インドのお勧めの場所を紹介できればと思います。

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