世界一有名なダイヤモンド:コヒヌール

世界一有名なダイヤモンド:コヒヌール

コヒヌール(Kohinoor)というダイヤモンドを、ご存知でしょうか。インドで生産された、世界一有名といわれるダイヤモンドで、中世の時代から、インドでは時の権力者が所有してきたものです。

そして現在は、エリザベス女王の宝冠の飾りとして、使われているんです。

今回は、このコヒヌールと、コヒヌールにまつわる歴史を、紹介します。

1.コヒヌール

世界で一番有名なダイヤモンドと呼ばれるコヒヌール(正式にはコーヘ・ヌール:Koh-e-Nur, 光の山の意)は、1526年に、初代ムガル皇帝バーブルの所有物となった際に、初めて歴史の中に登場します。

当時のコヒヌールの形は半卵形で、186カラットもの大きさであったといいます。このバーブルの時代の記録には、13世紀後半に、すでにコヒヌールが確認されていたとあります。

以降、様々な王朝の秘宝として、時の権力者たちへと引き継がれていくことになります。基本的には、ムガル帝国が保持し続けましたが、コヒヌールは敵対国から、狙われることになります。

そして、1739年を最後に、ムガル帝国のもとを離れます。この時は、侵入してきたアフシャール朝に、コヒヌールを略奪されたということです。

以降、ドゥッラーニー朝、シク王国を経て、1849年に東インド会社へと渡ります。そして1852年、東インド会社設立250年を記念した式典で、コヒヌールはエリザベス女王へと送られることになり、インドの地を離れました。

ちなみに、ヴィクトリア女王へと贈答される前年のロンドン万博に、コヒヌールは出展されましたが、その半卵形のカットは大変不評で、108.93カラットの現在の梨形へと、再カットされることになりました。

そして1858年、当時の王冠に飾りとして付けられ、以降、歴代王妃の王冠にも、受け継がれていくことになります。

現在は、女王エリザベス2世の宝冠の装飾品として、ロンドン塔宝物館に収蔵されています。

2.1851年、ロンドン万博の評判

1851年に開かれたロンドン万国博覧会において、コヒヌールは、目玉として出展されました。事前から、コヒヌールは過剰な告知をされ、多くの人々が、見たこともない光り輝くダイヤモンドを想像して、訪れたといいます。

しかし、実物を見た人々のほとんどは、がっかりしたと評されています。その理由はいたってシンプルで、「輝いていないから」というものでした。

当時のコヒヌールは、現在のダイヤモンドの定番の形であるブリリアントカットではなく、インドのムガル式のカットであったため、その輝きが、大きさの割に貧相に感じられたということです。

こうした失望の声を聴いたヴィクトリア女王は、慌てて、アムステルダムからダイヤモンドカットの職人を呼び寄せ、ブリリアントカットを施したということです。

ちなみに、万博終了後、イギリスの「TIME紙」は、世界が始まって以来、最大の失望をコヒヌールがもたらしたと評しています。ただ、こうした散々な評価は、インド蔑視の感情が大きく働いていたことは、間違いなく指摘できます。歴史的に、インドで至宝とされてきた宝石を、「見た目が悪い」という理由だけでカットしたのは、まさにインドへの敬意がないためといえるでしょう。

3.神話の中のコヒヌール

コヒヌールは、インド2大叙事詩といわれる『マハーバーラタ』(BC4-AD5C頃)にも、登場しています。太陽神スーリヤと、人間の女性の間に生まれた男の子(カルナ)の額についている石が、コヒヌールと呼ばれています。

カルナは、『マハーバーラタ』の主人公パーンダヴァ5兄弟と敵対する、カウラヴァのリーダーで、不死身の身体をもつとされています。神話の中でカルナは、最後、首を切り落とされて死んだことで、父スーリヤと融合したと伝えられます。

この首を落とされた際、額のコヒヌールが転がり落ちます。

その後、コヒヌールを拾った女性が寺院に奉納し、安置しましたが、その石の噂を聞き付けた盗賊(男)が、幾度となく現れました。しかし、盗みを実行に移そうとした男たちは皆、不幸な末路を遂げます。

その噂は拡がり、コヒヌールは男が持つと、不幸が襲うと信じられるようになりました。そのため、女性によって保持・管理されることになったということです。

ちなみに『マハーバーラタ』が編纂されたのが、BC4-AD4世紀頃といわれていますが、当時のインドでは、すでにダイヤモンドは存在していたといいます。

当然、ダイヤモンドは珍重され、支配層が愛でるものとなっていました。ただ、この時代に、現在もイギリスにあるコヒヌールが存在していたかは、謎です。

多くの学者も、コヒヌールという名は『マハーバーラタ』に由来するもので、後世に付けられたと考えているといいます。

4.世界一有名なダイヤモンド:コヒヌールのまとめ

独立後、インド政府はイギリス政府に対し、コヒヌールを重要なインドの遺産であるとして、返却を求めていますが、イギリス政府は一貫して、拒否をしているといいます。

ただ昨今は、植民地時代に収奪した遺物を返還するという流れも出始めているということもあり、インドに返還される日も来るのか、期待をしたいです。返還されたら、インド中がすごい騒ぎになるのだろうな、と想像しつつ、今回の記事を〆たいと思います。

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