カースト制度と浄・不浄の概念

カースト制度と浄・不浄の概念

ヒンドゥー教はインドの約80%の人々が信仰しており、国民的宗教といえます。ただ、ヒンドゥー教には教祖がおらず、地域ごと、家族ごとに信仰の対象がさまざまなのも特徴です。イスラム教の『』やキリスト教の『新約聖書』のような根本聖典のようなものもありません。

では、共通するヒンドゥー教の概念には、どういったものがあるのでしょうか。一般的に浄・不浄の概念と輪廻の思想は共通して信じられ、規範として取り入れられています。

今回は、カーストに関する記事でも取り上げてきた浄・不浄の概念を中心に紹介します。

1.浄・不浄

他の宗教にも浄・不浄の規範はある程度みられますが、ヒンドゥー教はこの浄・不浄の概念が極度に発達した宗教だと言われています。各カーストコミュニティの中で、バラモンが宗教規範を他カーストに教えるといった伝統が、この思想を強化してきました。

ヒンドゥー教では、自然や超自然の事象のすべてが、浄・不浄の概念から分類・位置づけられています。

  • 木綿は麻よりも浄性が高く、麻は羊毛より浄性が高くなっています。
  • 金属では、銀、銅、鉄の順番で浄性が低くなります。
  • 動物ではが最も浄性が高く、魚は中間、豚や鶏、犬は浄性が低くなっています。
  • 排泄物や血、死、産、腐敗に関するものは、不浄の度合いがとくに高いと考えられました。そのため、屠殺や皮革加工、排泄物清掃といった仕事をするカーストが不可触民となったのです。

ヒンドゥー教徒は自身より不浄と考えられるもの・人との接触によって一時的、または死ぬまで穢れを移されると考えます。その接触は、直接の接触だけでなく、見る、聞く、近くにいるといった間接的な接触でも、穢れは移ると考えられてきました。そのため、不可触民のような賤民層は接触のみならず、視界に入ることも極度に嫌われるといったことが起きるのです。

現代においても、不可触民への理不尽な暴力は、こういった背景が強く残っているためです。

2.穢れと浄化

穢れを移された人は、その穢れをさらに人に移す存在になると考えられています。そのため、ヒンドゥー教徒は穢れから自身を守るために、さまざまな注意を払わなくてはいけません。

しかし、日常生活を送る限り、出産、排せつ、死に触れずに生きることはできません。また、カーストコミュニティには、自身より不浄とされるカーストがおり、かれらとの関わりをもたない生活もできません。

こうした穢れを浄化するために、ヒンドゥ―教・カースト内の規範は発達してきました。その規範には沐浴のように簡単なものから、断食や菜食主義、苦行など多くのものがあります。

こうした浄化のための規範により、浄・不浄の概念が他の文化に比べ極度に発達することになったといわれています。

3.カーストと浄・不浄の関係

カーストのヒエラルキーは、各カーストの職業や規範が、浄・不浄の概念から評価され、決められています。各カーストはそれぞれ一定の不浄性をもち・生じ、それは各カーストのメンバーが死ぬまで帯びるものと考えられます。

そのために各カーストは、自身に合った浄性を保つための規範を必要とします。各カーストが、そのメンバーに強制する結婚や食事、仕事などの規範も、自身のカーストを穢れから守るため手段として行われています。各カーストは団結し、穢れを移されることを避けることで、他カーストとの間のヒエラルキーを維持します。

また、カーストの地位を高めるために、より浄性が高いと考えられる規範を取り入れ、カーストの序列を上げようとすることもありました。ただ、農民カーストが司祭カーストの規範を取り入れるといったような、極端なことは認められることはなく、自身より少し上のカーストの規範を取り入れる傾向にあります。

上位カーストが下位カーストよりも高い浄性を維持できるのは、下位のカーストが上位カーストより不浄とされる仕事を、生来の仕事として強制されるためです。バラモンカーストはこうしたカーストの規範や仕事を背景に、最も高い浄性を維持し続けました。そうした浄性の最下位にいるのが、不可触民です。

このように浄・不浄の概念は、ヒンドゥー社会の中にヒエラルキーを作る理由となり、カースト社会の秩序を守る理由にもなっています。宗教的・儀礼的意味をもったヒエラルキーが、各カーストによる経済的分業体系を支え、永続化させてきたのです。

4.カースト制度と浄・不浄の概念のまとめ

ヒンドゥ―教、カースト制度の核となっているのが、浄・不浄の概念といってもいいでしょう。インド人と一緒にいる時に不可触民を見かけると、顔をそむける、目を覆うというのを見たことがある人もいるのではないでしょうか。日本人の私は何も感じませんが、かれらからすると視界に入ることも嫌・不浄なのでしょう。

その逆に、日本人の私は抵抗感しかないガンジス川の水を、口に入れたりします。浄性の塊といったような信仰対象となっていますが、ガンジス川の水の病気罹患率の高さを知ると、浄・不浄もよくわからなくなります。

そんな疑問は、清潔・不潔と浄・不浄は違うの一言で片づけなければならないようです。考えれば考えるほど、奥深いインド文化です。

次の記事では、浄・不浄とともに全インドで信仰されている、輪廻とカースト制度についてみてみます。

参考文献

  • 山崎元一『インド社会と新仏教 アンベードカルの人と思想』刀水書房、
  • 小谷汪之『不可触民とカースト制度の歴史』明石書店、199
  • 小谷汪之『インドの不可触民 その歴史と現在』明石書店、
  • 小谷汪之『穢れと規範 賤民差別の歴史的文脈』明石書店、
  • M.B.ワング著、山口泰司著『ヒンドゥー教』青土社、1994年

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