インド最古の文明、インダス文明

インド最古の文明、インダス文明

インダス文明

インドの歴史は普通、古代・中世・近代・現代に分けられますが、最古の文明とされるのは、公式にはインダス文明です。インダス文明は世界四大文明の一つです、トンデモ史観をお持ちの方は別の考えをされているようですが。

まず、インダス川流域を中心に興り、文明の揺籃期(ようらんき)の紀元前3000から栄えた先ハラッパー文化があります。

紀元前2300年から紀元前1800年頃までは、モヘンジョダロハラッパーなどの都市文化が栄えました。文明の終焉を迎えたのはそれ以降で、千数百年にもわたって栄えた文明です。

最近では、文明の及んだ範囲は、インダス川周辺にとどまらず、現在のパキスタンから西北インドにかけての、東西1600km・南北1400kmもの、広大な地域に広がっていたと考えられています。これは世界四大文明の中でも一番の広さで、現在までに2500カ所以上の都市や集落跡が見つかりました。

なかなかに成熟した文明でした

出土した印章に刻まれた文字は、残念ながら未だ解読できないので、記録による文明の手掛かりは得られません。

それでも、粘土板などに、ただ文字を刻みつけただけではなく、印章に刻んでそれを使うというのは、かなり成熟した文明だったことが窺えます。

残されたものを手掛かりとして、聖樹崇拝女神崇拝動物崇拝など、ゲームに出てくる古代王国のような、なかなか魅力的な文明でした。宗教儀式での聖水の使用や、牛を神聖視するなど、現代に通じる痕跡も残っています。

インダス文明はアーリア人が築いたとの説もありましたが、印章に残された文字を解析した結果、現在、南インドを中心に分布するドラヴィダ語族の言葉と似ている、と指摘されています。

いつかはどんな文明も滅んでいく

世界のほとんどの文明では、滅んだ原因は謎です。

インダス文明も例外ではなく、寒冷化や乾燥化による気候変動で作物が実らなくなった説、地下水位が低下して塩害が起こった説、などが挙げられています。また衛星写真の分析により、川の流路が変わったことが打撃を与えた、とも言われます。

アーリア(高貴な者たち)と自称する人々が、北西インドに侵入してきたのは、紀元前2000年前半でした。彼らはもともと遊牧民族で、土着農耕民族であったドラヴィダ人を、追い出したり奴隷化したりしながら、住み着いてしまいます

だいたい遊牧民と農耕民が争えば、モンゴル帝国の例でも分かるように、遊牧民が強いものです。なにせ、機動力を駆使して攻めてきますからね。

動物を飼いならして暮らしを立てる人は、植物を相手に暮らす人より、気性が激しいようです。

ヴェーダの思想

ドラヴィダ人を追い散らしたアーリア人は、半農半牧畜の暮らしを営み始めます。そして彼らが成立させたのが『ヴェーダ』の思想です。ヴェーダとは、宗教書を指す場合も有りますが、宗教的感情そのものをも指します。

大自然への畏敬・崇拝の念を基本とし、太陽・月・星々・雲・風・火・水・動植物など、自然界のあらゆるもの存在を神格化し、祈りを捧げました。

この辺りの自然崇拝は、お天道様に今日一日の無事を祈り、夕月に「まんまんちゃん、あん」と感謝する日本人に、馴染みやすいものです。

アーユルヴェーダは、ヴェーダの思想を医学に反映させたものです。

バラモン教

アーリア人が、ドラヴィダ人を支配下に組み込む過程で生まれたのがバラモン教です。他民族を支配するには、やはりそれなりの思想が必要でした。

バラモンとは、神に仕え、宗教儀式を取り仕切る司祭たちのことで、ブラーフマンとも呼ばれます。

彼らは、自分たちバラモンを最上位に置く、カースト的身分制度を作り上げ、その制度を守り維持することが、神の意志に適い、秩序のある平和な社会をもたらす根本である、と説きました。

なんとも都合のよい考えですが、力なき者は従わざるを得ません。

どこの国・文明でも例外なく、従わされる者が多数派です。少数が多数を従える、このバランスの悪さが、やがて革命につながるのですが。

アーリア人たちはこの祭式至上主義を掲げ、次第にインダス川流域からガンジス平原へと、勢力を拡大して行きます。

膨張を続けるアーリア人社会は、新しい考えを生み出した

アーリア人の移動・拡大には、気象の乾燥化も大きく関わっていました。

彼らがガンジス川中流域に差しかかった時期、紀元前8世紀から紀元前5世紀に、ウパニシャッド文献が成立します。ウパニシャッド文献とは、200以上あるとされる、この思想を書き記した文献の総称です。

ウパニシャッドとは、宗教儀式のみを重んじ、形骸化したバラモン教に対する批判から生まれた思想で、知識に基づく人間の内面的思索を重んじ、それにより真理に到達しようとする考えです。

バラモン教の形骸化に伴い、司祭たちに縛られていた個人の思想が解き放たれ、自由な思想家たちが登場します。

彼らは恐れることなく、人として生きるべき道を説き、実戦理論を公表しました。

インドの思想は、新しい段階に入りました。

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