インダス文明とヒンドゥー教

インダス文明とヒンドゥー教

インド史の出発点と呼ばれている、4大文明の一つが、インダス文明です。インダス文明は、いまだに不明な点が多く、文字なども解明されていません。

今回は、現在解明されている、インダス文明の特徴と、ヒンドゥー教・文化との共通点を紹介します。

1.インダス文明

インダス文明は、BC2600-BC1800年頃に、インダス川、ガッガル・ハークラー川流域で栄えた文明で、現在、発見されている遺跡の数は、2600におよんでいます。

インダス文明に関する遺跡が、初めて発見されたのは、イギリス支配下にあった19世紀前半です。しかし、当時は「文明」と呼べる規模の文化・社会が存在していたとは認識されず、「文明」があったことが明らかになったのは、1921年から始まったハラッパー遺跡と、1922年から始まったモヘンジョダロ(死者の丘)遺跡の調査が、きっかけでした。

ハラッパーからモヘンジョダロへは、約600キロ離れています。この2つの遺跡の調査によって、共通の動物や文字が掘られた、の出土が確認されたことから、広範囲にわたる「文明」があったと推定されたのです。

その後、エジプトやメソポタミア、中国などの文明と比較が行われ、これら文明とインダス文明は、比肩する文明であると認識されたことで、「世界4大文明」の一つに数えられることになりました。

2.インダス文明の特徴

インダス文明の特徴で、まず、あがるのは、都市文明を築いたことです。

モヘンジョダロやハラッパーは、高台に城砦(じょうさい)が設けられ、東側に住民の居住区が広がっています。街路も、南北に走る大通りがあり、それと交差する道路が整然と区画され、城塞部には、食糧庫や井戸、集会所など、公共物があります。

  • モヘンジョダロの遺跡で注目されるのは、大きな沐浴場で、縦横12×7m、深さ2.5m、底はアスファルトで防水加工が施されています。
  • 居住区は、2階建てが多く、中庭をもつ邸宅もあり、豊かな文化があったことが伺えます。
  • 多くの場合、住居の一室に井戸が設けられており、その部屋の床は防水加工が施され、排水溝も引かれています。
  • 単位が統一されていることも、注目されています。道幅は、1.8mを単位としており、拡張する場合は、3.6m、5.4mと、倍数に従います。
  • 道路や建物に用いられる瓦の大きさも、統一されており、規則・秩序があったことが伺えます。

これら都市の人口は、推定で3~4万人程度と推測されています。

現在も解明されていませんが、インダス文字も特徴の1つです。インダス文字が刻まれた印証は、5000点ほど出土していますが、解明の手掛かりになるような資料は、発見されていません。インダス文字が記された文が、短文であることや、多言語と併用された資料が発見されていないことが、ネックとなっているようです。

  • インダス文明の食の基盤は、モンスーン後に起こる、インダス川の氾濫を利用する氾濫農耕で、大麦・・豆類・雑穀などの生産が、確認されています。
  • さらに、家畜として、牛・水牛・山羊・羊・豚・が、飼育されていました。
  • こうした、農産物などを交易品とし、メソポタミア文明と交流があったことも、明らかになっています。

大規模な宮殿がないことから、神官などがこの文明を維持していたのではないかと、多くの論文で推定されています。

3.文明の衰退

インダス文明は、BC1800年頃、衰退の道をたどったと考えられています。

この衰退は、アーリヤ人の侵入以前に起こったことが明らかになっていますが、その理由は、現在も解明されていません。

大洪水や地殻変動、気候変動による大飢饉が発生したなど、様々な説が取り上げられています。

しかし、大文明が滅亡した決定的理由としては、どれも弱く、議論が続いています。

4.ヒンドゥー教に与えた影響考

インダス文明とヒンドゥー教の共通点は、水を神聖視・重要視することです。

モヘンジョダロの沐浴場は、ヒンドゥー寺院などに併設される、沐浴場との類似点(沐浴場の形やその沐浴法など)が認められています。さらに、インダス文明の遺跡から出土した、印章に刻まれた人の形は、その後のヒンドゥーの遺跡で確認される、ヨガの動きに類似していると指摘されています。

性器が刻まれた印章も多数見つかっており、ヒンドゥー教の性器崇拝に影響を与えたのではないかといわれています。

インダス文明の信仰が、ヒンドゥー教に影響を与えたと考えられる理由は、ヒンドゥー教を形成したアーリヤ人の宗教観の柔軟性にあります。アーリヤ人は、侵入した地域ごとに、土着の宗教と結びつき、それを取り入れた信仰を展開していることから、インダス文明との類似点があれば、それをアーリヤ人が取り入れ、ヒンドゥー教の神や慣習として溶け込ませた、と推測できるということなのでしょう。

5.インダス文明とヒンドゥー教のまとめ

インダス文明の遺跡には、行く機会がありませんでしたが、こういった時代の情報を集めて想像を巡らせることは、歴史の醍醐味なのかもしれません。インダス文明の文化レベルが、想像以上に高そうなことにも驚きです。

当時は、どういったことを楽しんでいたのでしょうか。私には考古学は難しすぎますが、また機会があれば、古代インドの世界について紹介したいと思います。

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