ヒンドゥー・ナショナリズムの動き

ヒンドゥー・ナショナリズムの動き

インドは多宗教、多民族、多言語の国です。宗教はイスラムで母語はヒンディー語、またはヒンドゥーで母語はラージャスタン語など、さまざまな組み合わせが混然一体となっています。

インドの州は、おおむね言語を基に編成されていますが、州の内部で宗教はさまざまです(独立後、宗教対立が起き、州が分裂したなどは例外)。

近年目立つ社会の動きとして挙げられる動きとして、ヒンドゥー・ナショナリストたちの動きがあります。

今回は、ヒンドゥー・ナショナリズムと、その思想の展開を中心にみていきます。

1.ヒンドゥー・ナショナリズム

『広辞苑』によると、ナショナリズムは「民族国家の統一・独立・発展を推し進めることを強調する思想または運動。民族主義・国家主義・国民主義・国粋主義などと訳され、種々ニュアンスが異なる」となっています。

ヒンドゥー・ナショナリズムとは、しばしばこうした意味から、ヒンドゥー原理主義ヒンドゥー至上主義などと呼ばれています。

  • ヒンドゥー原理主義は、ヒンドゥー聖典などの、教義や規範の厳守によって、世俗主義に対抗する復古主義的宗教思想です
  • ヒンドゥー至上主義は、あらゆる思想・宗教の中で、ヒンドゥーが最上のものであるとする宗教思想です。

両思想はしばしば混然一体となっており、ヒンドゥーナ・ナショナリズムは、イスラム原理・至上主義と同様に、しばしば危険を生んでしまっています。現政権与党のBJPも、しばしばヒンドゥー・ナショナリズム政党といわれています。

2.ヒンドゥー・ナショナリズムの展開

ヒンドゥー・ナショナリズムは、他の宗教を対立項として挙げることで、自身の宗教の正当化、価値化を図る傾向にあります。歴史的にはヒンドゥー復古主義が、そのナショナリズムの起源といえるのかもしれません。

そうした動きは、イスラム勢力の侵入頃から、歴史に残り始めます。イスラム勢力による、ヒンドゥーの弾圧などが起こるたびに、ヒンドゥーによる抵抗運動が起きてきました。当時のこうした抵抗運動は「バクティ(信愛)運動」と呼ばれ、インド古来から伝わる神々(ヴィシュヌシヴァなど)への信仰を復活させようとする動きでした。

イギリス植民地期に入ると、当時の「堕落したヒンドゥー」に対して、批判を向ける形をとります。19世紀初頭、「近代インドの父」といわれるラーム・モーハン・ローイもその一人で、ヒンドゥー社会の世俗化を否定し、古代聖典の再評価による教化活動を行いました。

彼の行った有名な業績としては、ヒンドゥーの慣習上、最悪のものとしてしばしば指摘されるサティー(寡婦を死んだ夫とともに焼き殺す慣習)をイギリス政府に働きかけることで、法律で禁止にしたことです。彼がサティーを否定した理由は、ヒンドゥーの古代聖典において、サティーに関する記述が一切ないことに由来します。決して人道的な理由から、この慣習を否定したわけではありませんでした。

その後、こうしたヒンドゥーの古典回帰運動は広がりを見せ、19世紀後半には、ムスリムからヒンドゥー教徒への改宗運動が起こるなど、インド中に広がりを見せていきます。本来、イスラム教は改宗を認めていないため、こうしたことは世界のイスラム教の動きの中でも、珍しいケースといえます。

こうしたヒンドゥーの価値の再確認を行う過程で、独立に向けたアイデンティティが確立していき、民衆の熱量は燃え上っていきました。

世俗化(堕落)したヒンドゥーへの批判は、ガンディーも行っています。例えば、不可触民差別などは、ヒンドゥーの伝統には存在しなかったが、ヒンドゥー社会のモラルの低下が招いたものなのだ、との指摘です。

このような復古主義的動きは、現在もインド各地で起こる、ヒンドゥー原理主義の動きに通じるものがあります。

3.現在のヒンドゥー・ナショナリズム

現在のヒンドゥー・ナショナリズムといえば、真っ先に上がるのがBJPの存在でしょう。BJPは、支持母体がヒンドゥー至上主義を掲げる団体RSSなどであることからも明らかなように、ヒンドゥー色のかなり強い政権となっています。

このBJPが掲げるのが、「ヒンドゥー国家の確立」です。これは、イスラム教などのインド国外由来の宗教の影響を排し、ヒンドゥー教を中心とした、シク教仏教など、インド由来の思想・文化を基にした国家づくりを考えるものです。

シク教徒仏教徒をヒンドゥー教徒に分類しようとするヒンドゥー・ナショナリストの動きも、こうしたところに由来します。

1990年代のBJPの躍進とともに、インド各地で、ヒンドゥー・ナショナリズムによる暴動が顕在化してきているといわれます。

その代表的な例としてよく挙げられるのが、1992年に起きたアヨーディヤー事件です。

事件の概要を、簡単に説明します。

  1. アヨーディヤーにはイスラムの聖地があり、多くのムスリムに礼拝されてきた
  2. ヒンドゥー・ナショナリストたちが、そのモスクはヒンドゥーの聖地を壊した上に建てられたと扇動
  3. ヒンドゥー・ナショナリストの運動の激化
  4. 暴動が起き、モスクの破壊と、ムスリムを中心に死者2000名を出す

なお、モスクの破壊後、BJPはこの場所に、ヒンドゥーの寺院建設を進める動きを見せていますが、ムスリムの反発への配慮から、実行には至っていません。

アヨーディヤー事件のような大きい事件は少ないですが、近年もそうした事件は起き続けています。

2020年2月23日から3月1日にかけて、デリーでもヒンドゥー・ナショナリストによる暴動から、53人の死者を出す事件が起きています。

事件の概要は、以下のとおりです。

  1. デリー北東部で、市民権法改正に反対する女性が、座り込みのデモを行う
  2. BJPの指導者が、デモの解散を要求し、BJP支持者を扇動
  3. ヒンドゥー・ナショナリストたちは、ムスリムをターゲットに暴れだす
  4. 大規模な暴動へと発展し、死者を出す

政権与党の指導者の扇動がきっかけとなっているというのが、恐ろしいです。

この暴動の結果、この地区に住むムスリムの多くが、恐ろしさのあまり他の地域へと引っ越していったといいます。

4.ヒンドゥー・ナショナリズムの動きのまとめ

私はこうした暴動系にまつわるトピックが好きなので、ついつい最新暴動のチェックをしてしまいます。近年の、暴動や多数の死者を出す事件は、ヒンドゥー・ナショナリズム絡みの事件が多いため、ヒンドゥー・ナショナリストの動きも注目です。

BJPの政策も怪しい、いかがわしいと指摘されるものも多々あり、機会があれば紹介させていただきます。

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