インドの食糧問題:緑の革命

インドの食糧問題:緑の革命

緑の革命は農業革命ともいわれており、1950年代から60年代に始まり、主に南アジア、、メキシコで農業生産を飛躍的に向上させました。この取り組みはノーマン・ボーローグの指導をロックフェラー財団やフォード財団が支えたことで、東南アジアや南アジアを中心に成功を収めています。

また、この取り組みによってボ―ローグは、1970年にノーベル平和賞を受賞しています。

今回は当時、飢饉に苦しみ、世界最大の食糧輸入国であったインドが、飛躍的に食糧自給率を高めるきっかけとなった、インドにおける緑の革命をみてみます。

1.緑の革命:第1段階

独立以降、政権を長らく握っていた国民会議派は民主社会主義を掲げ、計画経済を進めていました。そして第2次5ヵ年計画(1956ー1961)の最中、深刻な飢饉に直面しました。インド各地で食糧不足となり、国民の反発も大きくなり、工業化の達成も危うくなったのです。

食糧不足に悩まされる中、1959年1月、インドの農業・食糧省の招待で、フォード財団はインドを訪れ、民主主義と食糧について次のように指摘します。

  • 民主主義の存続には、食糧の十分な供給が不可欠
  • 飢餓からの解放は、自由を享受する前提条件

こうした立場で、農業生産力向上の可能性の高い地域を選定し、農作物を対象とした、技術改良による食糧増産計画を提案しました。これを受け、1960年、灌漑が普及し、安定生産が可能な地域を15の州から選び、化学肥料、改良品種、農薬、農法の改良をパッケージに「集約的農業県計画(IADP)」が実施されました。

1964年には「集約的農業地域計画(IAAP)」が実施され、114県に拡大されています。この間、ロックフェラー財団とインド農業研究審議会の協力により、トウモロコシの新品種が開発されました。

メキシコやフィリピンでも高生産を可能とする新品種が、ロックフェラー財団やフォード財団支援のもと開発され、これらもインドに導入されていきます。

2.緑の革命:第2段階

1967年から、高生産可能な品種、近代科学技術の導入、価格のインセンティブを大きく打ち上げ、新農業戦略として実施していきます。1960年代半ばまでは世界最大の食糧輸入国で、アメリカから食糧援助を受けていましたが、これ以降、食糧自給率は急速に上がっていき、1972年には食糧自給が達成されるにいたりました。余剰生産された食料の輸出も行われるようになり、飛躍的に富を得る農民も現れています。

また、1965年に政府によって設立されたインド食糧公社は、農民の生活向上のために割高で食糧を購入することにより、農民の所得向上へ繋げました。さらに、緊急事態のために食糧の備蓄をし、この中から貧困層への配給も行われることになります。この食糧公社の働きは緑の革命を効果的に補助し、生産力向上のための農民のモチベーションに繋がったといわれています。

1967年以降、ウッタル・プラデーシュ州、ハリアナ州、パンジャーブ州では、食糧生産が飛躍的に上昇しています。中でもパンジャーブ州の小麦生産力は著しく、1970年までにインド国内のシェアの70%に達し、この州の農民の総収入は70%増えました。他の州の生産力が上がった80年以降も、パンジャーブのインド国内の小麦シェアは40~50%を占めており、インドで一番の農業生産を誇ります。

しかし、その投資に見合った成果を上げられなかった地域や、多くの農民が借金に苦しむことになったケースもあります。

3.インドの緑の革命の負の側面

インドはこの緑の革命を経て、飛躍的に食糧生産力を向上させたといわれています。しかし、さまざまな専門家から指摘されている問題点もあります。この項ではその問題点をあげてみます。

  1. 緑の革命で行われた農法の実践には、多額の投資が必要とされ、成功した農家は高収入を得ましたが、成果を上げられずに借金だけが残り、生活状況が悪化した農家が多数出現しました
  2. 肥料や農薬の用法を守らず(識字率の低さから理解できないため、守れず)に過剰使用をする農家によって土壌が汚染され、作物が育ちにくくなった地域が現れました
  3. 効率重視の農法が広まったため、さまざまな野菜を生産するなどの農業の多様性が失われました
  4. 灌漑設備が行き届いた土地とそうでない土地との間に、生産力の格差が生まれ、広がりました

以上のような問題点あげ挙げられています。

特に灌漑設備の差が、決定的な要因となっているケースが多いです。灌漑設備が行き届いていない地域だと、概して生産力は上がりにくいため、失敗しているケースが多数あがっています。

灌漑設備の向上が望まれていますが、インドには乾季があり、こうした問題の解決にはまだまだ時間はかかりそうです。

4.インドの食糧問題:緑の革命のまとめ

緑の革命によって、インドは食糧自給率を飛躍的に高め、農産物の余剰を輸出できるまでになりました。負の側面を上げればキリがないですが、飛躍的な農業生産力の向上は、安定した食糧の備蓄にもつながっています。食糧を買うこともできない貧困層へ、備蓄からの配給も可能となっています。

インドは干ばつが毎年どこかで起こるような気候であり、ニュースでも野菜や穀物などの物価高騰などの情報をみます。どの国でも豊作不作は起きますが、インドは不作の場合、価格高騰によって貧困層が食べることができなくなるという事態が起きてしまいます。

こうした事態を減らすために、灌漑設備の向上が望まれますが、川の水の汚染問題などもあるため、まだまだ解決には遠いと感じます。

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