ヒンドゥー教:「正統」ヒンドゥー教と地母神信仰と不可触民

ヒンドゥー教:「正統」ヒンドゥー教と地母神信仰と不可触民

ヒンドゥー教には、様々な要素がありすぎて、説明が大変難しい宗教です。カースト制度や、業、浄・不浄の観念、輪廻転生など、様々な概念があります。

今回は、ヒンドゥー教という形を考えます。バラモンが作り上げてきたヒンドゥー教と、ヒンドゥー教に融合されてきた土着の信仰、そして、そこに関わる不可触民についてです。

1.正統ヒンドゥー教

ヒンドゥー教という宗教は、多層的な宗教ということができます。

その中心には、古代ヒンドゥー聖典などに由来する、教義や神の系譜をもつ、いわゆる「正統」なヒンドゥー教があります。

「正統」なヒンドゥー教は、ヒンドゥー教の前身(初期の形)といわれるに由来する、バラモンの慣習に基づき、継承されてきたもので、シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマの3神を最高神とし、その妻や子供など、様々な聖典の中で、多様な系譜(家系)が描かれています

例えば、シヴァの子供のガネーシャ(象の頭と人の身体をもつ)は、様々な聖典の中で活躍をし、今では、インドで1番人気の神様ともいわれています。

その他にも、シヴァにはサラスバティやカーリーをはじめ、多数の妻がおり、様々な神話が語られています。

ヒンドゥー教を構成する要素として、カースト社会も触れておきます。

カースト社会は、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラと、その枠の外に不可触民がいます。そして、不可触民は、元来、インドで暮らしていた先住民だったと考えられています。その先住民の不可触民は、当然、独自の宗教観・信仰をもっていました。

ヒンドゥー教は、この先住民であった不可触民の文化・宗教も融合していったのです。前述したガネーシャやカーリーなども、土着の信仰に由来する神といわれています。

次の項では融合された地母神信仰についてみてみます。

2.地母神信仰

「正統」ヒンドゥー教の周縁には、土着の文化に由来する、地母神信仰の世界があります。地母神は、生命の根源としての、母なる大地の神をさします。

そしてこの地母神は、民衆の行いによって、豊穣とは逆に、様々な災害ももたらすと信じられています。イナゴや干ばつ、川の氾濫、コレラや天然痘などの疫病も、土着の信仰に由来する地母神が怒り、罰を下すのです。

こうした地母神信仰は、地域ごとの特色にあった形で生まれ、アーリヤ人のインド侵入以降、ヒンドゥー教に融合され、多様なヒンドゥー文化が形成されていきました。

先住民であった不可触民は、ヒンドゥー社会の周縁に追いやられながらも、こうした祭祀の際は、伝統的な方法で神との交信を行います

地母神信仰で、最も重要な儀式といわれているのが、動物の首を切り落とし、犠牲にして捧げる供儀です。中世くらいまでは、牛を殺すことが多かったようですが、次第に、水牛や山羊が主流となっていきました。

ちなみに、この動物の供儀を行う(動物を殺す)のは不可触民の役目で、以下の理由があるといわれています。

  1. インド文化において、死は不浄なために、殺すという不浄な行為は、不可触民が担う
  2. 不可触民は先住民で、地母神信仰を担ってきた存在であるため、引き続き儀式を執り行った

「正統」なヒンドゥー教の儀式で、不可触民が司祭の役割をして、儀式を執り行うなど、まずありえませんが、こうした地母神信仰の供儀を、不可触民が担うことは、インドの広範囲でみられ、大変興味深くみることができます。

社会的に不浄な存在として、忌避されているはずの不可触民が、伝統的な文化の担い手として受け入れられているのです。

3.正統ヒンドゥー教と地母神信仰と不可触民

この記事で紹介した「正統」なヒンドゥー教も、地母神信仰も、どちらももちろんヒンドゥー教ですが、地母神信仰の中には、ヒンドゥー教の中でタブーとされていることが多々あります

前項で取り上げた、コミュニティの宗教儀式を不可触民が執り行うことも、そうです。本来、不可触民が宗教儀式をやる際は、コミュニティの外、不可触民のみで執り行うことがほとんどで、一般のヒンドゥー教徒の前に出て、儀式を行うことはありません。

また、現在はを生贄として、宗教儀式で捧げることはありませんが、中世までは牛を供物としていました(現在は、山羊や水牛の場合が多い)。

本来、ヒンドゥー教において、「牛殺し」は「バラモン殺し」に並ぶ、「大罪」と認識されていいます。

ヒンドゥー教の罪について多くが書かれている、ヒンドゥーの最高権威の聖典である『マヌ法典』が編纂されたのが、紀元前後の頃なので、中世に至るまで、本来は「大罪」である「牛殺し」を、ずっとやっていたことになります。これは、牛を供物として捧げることが、地母神が最も喜ぶと信仰されていたことに起因します。

地母神が満足する捧げものをしないと、災害に襲われる、と考えたためです。

実際、地母神への捧げものを怠ったが故に、災害に見舞われたとする歴史叙述も、多数残っています。地母神の怒りは、捧げものを怠る以外に、『マヌ法典』などで「罪」とされる、姦通など、不道徳な行いを、地域の多くの人々がすることにも起因します。

また、地母神の怒りを買い、災害に襲われた時にも、贖罪儀式の生贄として、牛が捧げられたといいます。地母神の怒りは、生活に密接な災害を引き起こすため、本来はタブーである不可触民を司祭として、牛を生贄にするという儀式が、伝統的に行われていたのです。

4.ヒンドゥー教:「正統」ヒンドゥー教と地母神信仰と不可触民のまとめ

地母神信仰は、不可触民が司祭の役割をしていることから、個人的にも大変、興味を惹かれました(ヒンドゥー社会の宗教儀式は、一般的にはバラモンが独占しています)。ヒンドゥー教は、まだまだ奥が深いようです。

また機会があれば、不可触民が関わるヒンドゥー文化について、紹介できればと思います。

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