ガンジス川①:ヒンドゥー教の聖地と慣習

ガンジス川①:ヒンドゥー教の聖地と慣習

ガンジス川を訪れたことがある人も多いのではないでしょうか。

私がはじめて行ったガンジス川はハリドワール、リシケシュで、さまざまなヒンドゥー文化に触れ感動した経験があります。

ガンジス川はインド人にとり特別神聖な川として信仰の対象になっており、紀元前から歴史の中心に常に位置してきました。今回はガンジス川がヒンドゥー教徒にとってどのような影響を与えてきたのか、みていきます。

1.ガンジス川流域

ガンジス川は本流延長約3,000kmで世界17位、流域総面積約173㎢で世界11位となっていますが、文明の古さや人口の密集など文化的意義においては世界屈指の大河といえます。

ガンジス川源流は、ウッタランチャル州ヒマラヤ中部のガンゴートリー氷河に発するバギラティ川で、ガンジス川を天上から地上へ導いたとされるバギーラタ神に由来する名の川です。

バギラティ川流域の深い渓谷の中にはヒンドゥーの聖地がいくつもあり、巡礼者も多く訪れています。バギラティ川から下り、アラカナンダ川と合流する地点(ウッタランチャル州)からガンジス川となります。

ヒマラヤからハリドワールまでを上流域、そこからビハール州バーガルプルまでを中流域、ベンガル湾までを下流域といいます。

2.ガンジス川とインド文化

BC1500年ごろにインダス川上流に侵入したアーリヤ人が、BC1000年ごろにガンジス、ヤムナー両川を中心としたガンジス中流域に進出、『ヴェーダ』と呼ばれる宗教文献を編纂し、複雑な宗教体系を構成しました。

先住民をアーリヤ人の社会体制に組み込む過程で、アーリヤ文化と先住民の文化が融合し、多様な変化を遂げていきます。

後世のインド社会に決定的な影響を与えた『ヴェーダ』の思想や文化は、ガンジス川中流域の農耕社会を背景に形成されていきました。この過程でカースト制度やヒンドゥー教が形成されて行きます。インド先住民は低位カーストとしてヒンドゥーの枠組みの中に組み込まれていきました。

ガンジス川のもと、肥沃な大地での農業生産力の向上が、商業の発達につながり、都市が形成されていきました。この流域は自由な思想家を輩出し、仏教やジャイナ教も生まれることになります。

ほぼインド全土を支配したグプタ朝(AD320-550ころ)も、この中流域に王都を置きます。12世紀に入りムスリム勢力はガンジス川流域を占領し、インド支配が始まりました。インドの歴史・文化はまさに、ガンジス川流域を舞台に展開されました。

そして古代から続く豊穣の象徴としての水や河川の神性が、ガンジス川信仰の確立に影響を与えています。

3.ガンジス川とヒンドゥー教の発展

ガンジス川流域を中心に発展してきたインド文化において、この川が最も神聖な川とする考えが広まっていきました。ガンジス川流域には多数の聖地があり、その中でもハリドワール、アラハバード、が最も重要視されています。

聖地には沐浴場(ガート)が作られ、沐浴によって罪、穢れを洗い流せる最高の宗教儀礼と信じられています。また、ガンジス川の岸辺で荼毘(だび)に付せられ、遺骨をガンジス川に流すことは、ヒンドゥー教徒にとって無上の喜びだとされています。

この荼毘は死者の身体から魂を解放することを意味し、遺灰をガンジス川にまくことは魂の解脱、涅槃への到達と信じられています。解脱はヒンドゥー教徒の究極の目標で、輪廻からの脱却をすることです。涅槃は悟りの境地を意味します。

4.ガンジス川と巡礼

巡礼とは、聖地や霊場を参拝して信仰を深める宗教的行為で、善を積み、穢れを払うことで、現世と来世へつながる利益となるといわれています。ガンジス川をはじめ、巡礼の対象となる各聖地は宗教的な意味付けがされており、多くの場合、神像や寺院などが建てられています。

河川信仰が広く行われているインドにおいて、ガンジス川は最も神聖な川として、毎年多くの巡礼者を集めています。ガンジス川の水は、触れるだけであらゆる罪を滅し、解脱へと導くものとされます。

年に何回か行われる祭りの際は、特に聖なる力が強くなり、その日に沐浴すれば7世代前まで浄められるといわれています。

5.沐浴

インダス文明(BC2300ーBC2000年頃)の遺跡にも沐浴場が確認されており、ヒンドゥー文化が形成されたと考えられているヴェーダ時代(BC1500ーBC1000頃)以前においても、インド文化の中に沐浴の慣習があったことが確認されています。

夏場に酷暑となるインドでは、沐浴は生活上必須であり、時代や宗教、地域を超えて、人々の間で行われていました。

また、水の持つ罪や穢れを洗い流すという聖なる力の信仰と、生活で用いられる沐浴は結びつき、さまざまな宗教儀礼に取り込まれてきたといわれています。

土着の信仰や生活習慣が結びつきながら発展してきたヒンドゥー教の沐浴は、重要な宗教儀礼の前に行われることが多いです。ガンジス川での沐浴は、それ自体が重要な宗教儀礼なので完結しています。

6.ガンジス川①:ヒンドゥー教の聖地と慣習のまとめ

以上のように、インドの歴史と文化は、ガンジス川を中心に育まれてきたといわれています。

私もガンジス川の沐浴場がある、ハリドワールとリシケシュにホームステイをさせてもらってました。そのインド人の友人と行った際、インド人にとってのガンジス川の重要さを大変興味深くみることができました。

その時の話です。

その友人がペットボトルに、濁ったガンジス川の水を入れ持ち帰っていて、何気に「それどうするの?」と聞いたことがあります。すると友人は

毎日少しずつ飲むんだよ

と言っていました。

私は驚き、「お腹壊さない?」とさらに聞くと、

壊しても大丈夫。悪いものが流れていってくれてるってことなんだよ

との答え。インド文化の奥深さを感じました。

次回の連載では、深刻な問題となっているガンジス川の汚染問題について見てみたいと思います。

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