天衣無縫、縫い目無し裁ち目なし一枚の布こそが浄い

天衣無縫、縫い目無し裁ち目なし一枚の布こそが浄い

気候の違い

2月のインドへ行ったことがあります。

日本人の私としては、長袖ブラウスに薄手のカーディガンを羽織ろうかどうしようかと思う程度の気温で、非常に心地良い初秋の気候でした。

しかし現地の人たちは、毛布を被って寒い寒いとこぼしていました。生まれ育ちによって人間の体は変わるものだなと感心しましたが。

ヒンドゥー経では裸体が尊い

インドのヒンドゥー社会では、以前は寺院内で神を拝むときや、貴人に面会するときは、男性は上半身裸であることが求められました。

現在でも掟の厳しいヒンドゥー寺院、例えばケララ州の寺院内に入ろうとすると、履き物を脱いで、女性は肌の露出を極力少なくします。反対に男性は、下半身に白いドーティー(腰布)のみを巻き、上半身は裸であることが求められます

服を身にまとうのは、聖なるものや高貴なるものとの交わりに於いて、妨げになるとされていました。衣服は棄てられるべきものだったのです。寺院内で神像の世話をしたり、神と人を仲介する存在である司祭たちは、特に冷涼な気候の地方を除き、奉仕中は基本的に上着は身に付けません。

画に描かれたり彫刻で表されるインドの神々が、裸体ないしは半裸で表現されることが多いのは、裸身こそが神聖なものとされたからです。

ジャイナ教ではもっと徹底

ジャイナ教では、この考えはもっと徹底しています。

一糸まとわぬ聖者の立像は、ジャイナ教の「無所有」という大切な戒律を象徴的に表現しているのですが、ジャイナ教の修行者たちには、今でも裸形の戒律を守っている人たちがいます。彼らが移動するときは、信者が周りを取り囲み、行者の姿が他の人間の目に触れないようにしてきました。インドにも国家として当然、裸体の露出を取り締まる法律があり、それに違反しないように対策を取っているのです。

これに対して仏教の修行者たちは、寒さ暑さから身を守るため、きちんと衣を着るべしと教えられました。

衣装は1枚の布が基本

サードゥと呼ばれるヒンドゥー経の行者たちも、世俗的な価値観には重きを置かず、身には粗末な布だけをまとい、持ち物も必要最小限に抑えます。ランドードゥと呼ぶ褌一本の姿で聖なる山に籠り、孤高の聖者として生きた、南インドのラマナ・マハルシはその典型でした。

では女性はどうでしょう。昔の仏教絵画などを見ると、位の高い女性はむしろ、胸を露にしています。かしずく侍女たちの方が、しっかりと隠しているのにです。

インドの伝統的衣装の構造はいたって単純で、男女とも体に1枚の布を巻き付けるのが基本です。この布は、裁断したり縫い合わせたりしないのが良しとされました。下着は別として、服が体からずれたりしないように、ボタンや帯を使うのは好まれません。

腰のあたりに巻きつけた布に、布の先端部分を挟み込んで固定します。布の体へのまとい方にはバラエティーもありますが、布そのものは1枚の無裁断・無裁縫が基本です。

加工しない1枚布こそが清浄

布を裁ったり縫い合わせたりしないことが、ヒンドゥー教徒にとっては清浄なことなのです。

縫っていないからこその「浄衣」であり、ヒンドゥー社会で“仕立て屋”が発達しなかったのは、このあたりに原因がありました。ヒンディー語で“仕立て屋”を意味する「ダルジー」は、ペルシャ語起源ですから。

布を裁ったり縫い合わせたりして、衣類に仕立てるようになったのは、イスラム教の侵入・拡大と関係していると見られています。裸体を良しとはしないイスラム教の影響を受け、現在の伝統衣装では、クルタと呼ぶ丸首のシャツや、欧風の普通のシャツと併用されています。

着るならば白い衣を

伝統衣装の形はわかってきましたが、では色はどうでしょう。

これはもう白一択です。ヒンドゥー教徒であろうとイスラム教徒であろうと、男性は白い服を好みます。白は光を反射し体温上昇を防ぐ、実利的意味が有るのは間違いないでしょう。

そしてヒンドゥー教徒であれば、神像の前に立つときは、白い腰布ドーティーの着用が求められます。これほぼ世界共通なのですが、白は清浄な色です。

特にヒンドゥー教徒の男性にとって、白は濃厚な宗教的・儀礼的な意味を持ち、浄性が高いとされました。ブラフマンを始め、高いカーストの男たちが白い開襟シャツを好むのは、その現れです。

ある映画制作会社の社長で地元の名士だった男性は、伝統を重んじるブラフマンで、白いシャツしか着ないことで有名でした。ところが周りのやんちゃな友人連中が、誕生日プレゼントに、外国高級ブランドの色物シャツを贈りました。

あくる日彼は、敢えてその色シャツを着て外出し、友人たちを喜ばせたとか。伝統に忠実でも、けっして頑なな人ではなかったのですね。

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アーユル・ヴェーダで用いられる薬が生薬で、インドの医療として数千年来、受け継がれてきています。
それぞれの果物、果実には、たいてい宗教的な意味合いが与えられています。